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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#727 院生による論文紹介2: (D2須田祐貴君):VRトレーニングの効果は必ずしも実環境に転移しない?(Weber et al. 2022)

大学院生に論文紹介をしてもらうコーナーの第2弾です。 担当は,博士後期2年の須田祐貴君です。修士過程では,バーチャルリアリティ環境下での運動学習が実環境にどの程度転移するかについて研究していました。その成果の一部は国際誌に掲載されています。博士過程に進学後は,UCM解析という手法を用いて高齢者の障害物回避動作に関する研究を行っています。

今回は,修士時代の研究テーマに関連する論文を紹介してくれました。
 

私たちの研究室では,障害物回避場面でうまく回避行動を行うためのバーチャルリアリティ(VR)システムの開発を行っています。VR空間での運動学習効果が実環境での行動を改善するかという事は常に関心の高いトピックです。

今回紹介する論文は,2022年にscientific reportsに掲載されたLimited transfer and retention of locomotor adaptations from virtual reality obstacle avoidance to the physical worldです。著者らは,VR環境内でトレーニングしたことが実環境に転移し,さらにその効果が持続するか調べました。

著者らはマウントディスプレイ(HMD)とトレッドミルを用いてVR段差跨ぎ課題を作成しました。運動学習の目標は,できるだけクリアランス(障害物を通過する際のつま先と障害物の距離)が小さくなるようにすることでした。

実験の結果,VRトレーニング直後に実環境で段差跨ぎ課題を実施したところ,練習を実施していない群(統制群)よりもクリアランスが小さいことがわかり,介入直後に実環境への転移効果が見られました。
さらに,介入効果の持続性を調べるため,7-10日後に同じ参加者が実環境,VR環境の順で同様の課題を実施しました。その結果,実環境のクリアランスは統制群と差がなく,VRトレーニングの効果は実環境内で持続しない可能性が示唆されました。一方,VR環境内ではクリアランスが保持されており,VR環境では効果が持続することが分かりました。これらの結果から,著者はVRトレーニングの効果は持続性を認めるが,その持続効果が実環境へ転移するには限界があるということを主張しました。

私たちの研究室でも段差跨ぎ動作を用いて動きのバリエーションを引き出す試みを行っております。VR環境の行動が単に実環境に転移するかという視点は多くありますが,その持続性を調べたということから,VR環境での運動学習にさらに踏み込んだ知見であると感じています。私たちが実環境での行動変化を誘導していくためにも,こうした知見の精査が必要であると感じました。


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